敗者復活の成功社長列伝


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敗者復活の成功社長列伝

花研社長の草野直樹さん(前編)

銀行の指示で社長に祭り上げられ、
2カ月後には会社更生法を申請させられた

1997年といえば、金融機関の貸し渋りや貸し剥がしが社会問題になっていた頃だ。草野さんの父が創業したラーメンフランチャイズ本部の栄商事も、その渦中に置かれた企業の一つである。銀行が指定した監査法人が乗りこんできて、父は会長に退かされ、草野さんが社長に祭り上げられて、すぐに会社更生法を申請させられるという、なんとも理不尽な倒産を経験した。

草野直樹(くさの・なおき)
1969年12月、東京都生まれ。東海大学教養学部卒。父がラーメン店のくるまやグループ、栄商事を創業する。97年、二代目の社長に就任し、直後に会社更生法を申請して50億円の個人保証債務を抱える。02年、第三者破産を申し立てられ、03年3月、免責。98年8月、花研を創業。99年2月、池袋駅南口駅前に「東京豚骨拉麺ばんから」を開店。「ばんから」と味噌拉麺ライス専門店「味噌屋せいべえ」の2業態を開発し、04年からFC展開を開始。

債務超過の決算書をつくられて、父の代わりに社長に就任

メインバンクだった日本長期信用銀行(現新生銀行)の担当者から、当時名古屋にいた草野直樹さんに連絡があったのは、97年3月のことだった。このとき草野さんは27歳。「会社は債務超過に陥ったから、その責任を取って代表者を変更してもらいます。社長には会長になっていただき、直樹さんに社長に就任していただきたい」

この前の月、銀行が突然、内部監査をしたいと言って監査法人を連れてきた。会社は「くるまやラーメン」という名前で親しまれていたラーメン店を、全国に660店舗チェーン展開していた。直営店の200店舗を一気に増やしたばかりである。監査法人は、それまで3月決算だった栄商事の決算月を2月決算に切り替えた。その際に、本来は5年で償却することになっていた厨房機器などの設備機器を、すべて1年償却に変更させられた。5年で償却する予定の機器を、1年で償却してしまったら、当然赤字になり債務超過に陥る。

「それまでは、債務超過じゃなかったし、業者への支払いが遅れたりしたことは一度もなかった」と草野さん。

しかし、メインバンクに要求されては逆らえないと思い、草野さんは要求通り社長を引き受けることにした。すると長銀の担当者は、決算書をつくるのに必要だからという理由をつけて、会社の実印や株券を持っていこうとする。そのとき、草野さんは「それは銀行業法に触れますよね」と指摘した。すると担当者は「訴えてください」と開き直り、これらを持っていってしまった。

突然社長に就任した草野さんは、4月から毎日、代表者を変更したという挨拶回りをして歩く。行き先は、取引のあった15行の銀行である。挨拶回りは、ゴールデンウイークが終わる頃まで続いた。

社内では、資金繰りに頭を悩ませていた。というのは、この頃、中京地区で「くるまやラーメン」を「麺の館」という店舗に変えるプランを進めていて、25店舗を改装していた。そのための数千万円の資金を長銀が貸してくれるという話がついていたのに、出せないと言い始めたからだ。2月以降は、監査法人が指定した人物が会社に乗り込んできて、会社の財務担当者と一緒に資金繰りを検討していた。その人物が「資金は出せない」と言い張る。

5月に入って資金繰りを検討すると、今度は月末に支払う予定の社員の給料分が不足することがわかった。毎月2億5000万円の給料を払わなければならないのに、8000万円が足りない。草野さんは、長銀に「お金を出してください」と訴えた。すると、相手はこう言った。

「このままでは資金繰りが回らないから、会社更生法を申請してください」

5月12日のことである。代表印が手元にないのだから、なにもできない。やむをえず草野さんは、この要請に応じた。「それからも毎日、3行~4行の銀行回りを続け、夜、9時か10時頃に会社に戻り、その後で会社更生法を申請するための書類をつくりました」

会社更生法を申請するには、東京地裁への予納金と代理人の弁護士費用を合わせて2500万円が必要だった。同時に、裁判所が指定する保全管理人に6000万円を支払わなければならなかった。この合計額だけで、不足する給料分を超えている。

こうして97年5月26日、栄商事への会社更生法適用が東京地裁に申請された。

父が創業したバスのラーメン店を見ながら育つ

父、草野光男氏は、大型トラックの長距離運転手をしていた。各地で高速道路が建設されていた、高度成長時代の真っ只中である。建設資材を積んだトラックで全国を走り回りながらその土地で食事をしているうちに、「経済の発展とともに、飲食店が全国にあふれてくるだろう」と感じ取った。とはいえ、お金も経験もない。そこでまず、立ち食いそばの屋台を始めた。

その屋台が繁盛したので自信を得た光男氏は、店を人に譲ってラーメン店をやろうと考え、中華料理屋で修業する。すると半月で、すべてのメニューをマスターしてしまった。その感覚で自ら「味噌ラーメン」を開発し、足立区の日光街道沿いの土地を借りてバンを改造した屋台をつくったら、それも大盛況。今度は観光バスを改造してキッチンと座席をつくった。

「当時私は3歳くらいでしたが、バスのラーメン店を覚えています。私も、大きくなったらラーメン屋をやるものだと、幼な心に思っていましたね」

この店は、いつしかお客さんたちから「くるまやラーメン」と呼ばれるようになる。車で営業をしているラーメン屋が、そのまま店の名前になった。店のファンたちがこの商売に注目し、自分たちにもやらせてほしいと希望してきたため、72年にはフランチャイズの1号店を立ち上げる。すると、わずか数年で100店舗を達成するほどの繁盛振りだった。なんとこのとき、直営店はゼロだったというからこれも驚きだ。

その後も「くるまやラーメン」は順調に業績を伸ばし、最盛期には北海道から沖縄まで、直営273店、FC390店の規模まで拡大する。草野光男氏は「ラーメン王」の異名を取るまでに大成功を果たした。

草野さんは高校生のときから、この会社の取締役だった。大学を卒業後は、あえて福岡で居酒屋、ビアガーデン、レストラン等を展開していた会社に就職して丁稚奉公に励んだ。ところが、その会社で新事業としてラーメン店を立ち上げることになり、父の会社と競合する可能性も出てきたため、父の会社に戻る。25歳のときである。その翌年からは、西日本を統括する名古屋の営業所長を務めていた。社長に就任した、いや、就任させられたのは、さらにその翌年の春のことだった。

銀行の内容が悪いなんて、考えもしなかった

会社更生法を申請する直前、草野さんは長銀の担当者からこう言われていた。

「会社更生法を申請したら社長ではいられないから、食材加工の子会社に転籍して、ぜひノウハウを提供してください。そういう身分になれば、生活はこれまでとそんなに変化はないでしょう」

ところが大嘘だった。白紙の委任状12枚にサインをさせられた後、会社更生法を東京地裁に申請した日、草野さんが会社に戻ると、彼らは草野さんを自宅まで車で送ってくれた。それでおしまい。そのまま、草野さんは失業者になってしまった。

「その上、社長になってからの給料はもらえず、それ以前にもらっていた私の給料も、会社からの貸付金だったことにされてしまいました」

草野さんは、当時を振り返ってこう語る。「いまの自分だったら、長銀に言われるままには動きませんね。その年、サブ銀行だった三和銀行(現UFJ銀行)と富士銀行(現みずほ銀行)が年内に協調融資で12億円を融資してくれることになっていた。長銀の言うことを聞かずに、これらの銀行と話をつけるでしょう。ところがあのときは、長銀の内容が悪いなんて考えもしなかった。いまにして思えば、うちの前に京樽が、うちの後には東海興業が、同じように長銀に会社更生法を申請させられている。そして98年には長銀が破綻して新生銀行になった。これらの動きから見て、すべて長銀側の事情だったに違いありませんが、まったく勘が働かないというかダメでしたね」

長銀の言うことを聞かずに他の銀行と話をつけるとすれば、実印を持っていかれてからでは遅い。草野さんが体験した2カ月あまりの経緯のなかでは、このスタート時に失敗の原因があったといえるだろう。

「銀行が乗りこんできたと聞いたときから、嫌な予感はありました。でもメインバンクでしたから、そのときはなにもできなかった」

こうして草野さんは、わずか2カ月間の社長体験を経て倒産社長になる。

草野さんの話を聞くと、長銀のやり方もずいぶんひどいものだ。仮にシナリオができていたのだとすれば、創業者の光男さんを社長にしたままで倒産させればよいではないか。草野さんは社長になって以降、4つの銀行から個人保証を求められている。4行で合計50億円。なぜあえて27歳の息子を社長に据えて、彼に多大な責任を負わせる必要があったのだろうか。やわな息子だったら、これだけで人生を棒に振ってしまいかねないところだ。

このあたり、当時の長銀の担当者やシナリオをつくった人から、言い分を聞いてみたいものである。

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