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vol.313 三浦雄一郎のチャレンジ魂に学ぶ 特集号

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『喜望大地・会長:洲山・事業再生・事業承継・M&Aコラム』
         vol.313 2014年6月16日号    発行部数23,576部

「永遠に存続成長する『富士山経営レポート』」

今回のテーマは、「三浦雄一郎のチャレンジ魂に学ぶ 特集号」
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おはようございます。

永遠に存続発展する『富士山経営』を提唱推進し、
「社長に笑顔と勇気を与え続ける!」を旗印に、
悩める社長の救世主として、活動している洲山(しゅうざん)です。

80歳の傘寿でエベレスト登頂のギネス記録保持者となった三浦雄一郎氏が、
一時期目標を失い、メタボで丘レベルの山も登りかねた時代があったのを
ご存知ですか?

心が折れそうになるとき、
「なにくそ!」と踏ん張れるのは、
困難を乗り越えた偉大な先輩の勇気に触れた時です。

そんな偉人の一人に、『三浦雄一郎』がいます。

しかし、その三浦雄一郎に、
知られざる過去があったのをご存知ですか?

三浦雄一郎パワーの原点は、
メタボになり、丘を登るのに、シニアのおばちゃん連中に
抜かれてしまったショックから一念発起して、
エベレストを登るパワーが生まれたのですから、
挫折をばねにした偉人ですね。

そんな三浦雄一郎パワーをライブでチャージして、
自分の人生に自分にとって価値あるGOAL(目標)設定して、
達成に向けてチャレンジする人生を過ごしたいと願っています。

三浦雄一郎先生の講演会
チームNO.1紹介入口から、エントリー下さい。
6月27日(金)13:30~17:00講演会・?:00   
17:30~19:30交流会
JR大阪駅から環状線で一駅のJR福島駅徒歩1分
ホテル阪神にて、開催です。

それが、一念発起して訓練を重ねて、快挙実現されました。
GOAL(目標設定)と達成への執念で、人生は変えられます。

すなわち、意識改革で人生は変えられるのです。

しかし、三浦雄一郎は、別格で特別な才能やDNAがあるからだと
思い違いしていませんか?

白寿(はくじゅ)とは、99歳を祝う長寿のお祝いです。
(百から一を引くと白にことが謂れです。)

その白寿記念に99歳でマッターホルンをスキーで滑ったのは、
三浦敬三氏です。
傘寿(さんじゅ=80歳)の年に、
世界一の山エベレストに世界最高齢で登頂成功された、
三浦雄一郎氏のご尊父です。

いやあ、凄いですね!
特別なDNAがあるのかと思いきや、全くないらしく、
我々一般庶民と何ら違わないです。

では、何が違うのかは?
GOAL(目標設定)と達成への執念の違いとの由。

すなわち、意識改革で人生は変えられるのです。

そこで、その三浦雄一郎氏をメインスピーカーに、
チームNo.1が6月27日(金)に大阪で講演会をします。

懇親会とのセット参加されますと、集団で
三浦雄一郎先生との記念撮影特典があります。

三浦雄一郎先生も懇親会に出席されますので、
世界一のパワーを貰って、「GOAL」達成の悔いない人生を生きましょう。
会場で、お待ちします。

紹介者欄に喜多洲山と記載いただけると
割引特典があります。(^_-)-☆

因みに、三浦雄一郎のプロフィールは、  (出所:Wikipedia)

幼少期は病弱で劣等生、幼稚園は中退、小学校4年生から5年生時には結核で
肋膜炎を患い長期入院のため一年の半分近くは
学校に通えなかったほどだったという。

農林省(現・農林水産省)営林局に勤めていた父の仕事の都合で
小学校は5回転校、旧制中学校は先述の健康問題が理由で
1度旧制黒沢尻中学校(現・岩手県立黒沢尻北高等学校)への入試に失敗し
小学生浪人、入学後も4回転校を繰り返した。

初めてスキーに接したのは小学校2年時、
当時住んでいた弘前市の弘前城公園の坂をスキーで滑ったのがきっかけで、
その後一家で仙台市郊外の農場に引っ越した際に本格的にスキーを始め、
旧制青森中学校在学時に岩木山で開かれた
スキー大会で優勝し初タイトルを獲得する。

青森県立弘前高等学校在学時に、全日本スキー選手権大会の滑降競技で入賞、
青森県高等学校スキー大会で3年連続個人優勝するなどの実績を重ねた。

また同時期、スキージャンプを借り物のスキーで
初めて飛んだにもかかわらず、県の二位に入ったこともある。

大学進学において、スキーが出来るからという理由で
北海道大学を受験先に選び、
入学試験直前にもかかわらず「もう来れないかもしれない」と考え
藻岩山でスキー三昧だったものの合格し、獣医学部に進学、
北海道大学では一般教養部で当時理学部に在籍していた作家の
渡辺淳一と同期だったがのちに、渡辺は札幌医科大学に転校した。

在学中に当時の学長秘書、かつアルペンスキーの女子選手だった
妻・朋子と出会い同棲の後結婚、大学院進学、
そしてアメリカ留学を希望していたものの、肺の病気を患い、
暫く母校の北大獣医学部に助手として勤務、札幌市月寒
(現・札幌市豊平区月寒)にあった当時の北大農事試験場で
ブタやウシをあつかう獣医師をしていたが、
26歳で助手の職を辞任、スキーに挑戦するも、
優勝した全日本スキー選手権青森県予選閉会式で、
全日本選手権への青森県からの派遣人数をめぐりスキー連盟関係者と対立、
結局アマチュア資格を剥奪され、
アマチュアスキー界永久追放の憂き目に遭う。

アマチュア資格剥奪後暫く、体力を鍛え直す意味も込めて、
北アルプスの立山でボッカとして働いていた[3]。

1960年代始め頃からスキー学校を開設し、
1962年、アメリカ合衆国でスタートしたばかりの
世界プロスキー選手権に参加、
トニー・ザイラーら冬季オリンピックの元メダリストも名を連ねる大会で
世界ランク8位となるなど、 プロスキーヤーとして活躍、

1964年7月イタリアで開催されたキロメーターランセに日本人で初めて参加、
時速172.084キロの当時世界新記録を樹立
(なお、この前後に3度転倒し、
「世界で最も速い速度で転倒して無傷で生還する」
という珍記録も樹立している)。

なおこれに先立ち、防衛庁(現・防衛省)航空研究所の風洞実験室を使用し、
空気抵抗の少ないスキーウェア開発も試みている。

1966年4月、富士山での直滑降を成功させる。
この時にブレーキとして使用したパラシュートが、
パラグライダーが作られるきっかけとなったという。

1970年5月にはエベレストのサウスコル8000m地点からの滑降
(ギネスブックに掲載)を成功させ、
その映像が『The Man Who Skied Down Everest』(「エベレストを滑った男」)
というタイトルでドキュメンタリー映画化され、
アカデミー賞記録映画部門で賞を獲得した。

挑戦に際しては、当時の費用で3億円が必要だったが、
本田宗一郎、松下幸之助、佐治敬三など
財界の大物に直接交渉し寄付金を集め、
さらにはその寄付金に対して掛かる約50%の税金を免除してもらおうと、
当時の大蔵大臣だった福田赳夫に直接交渉、
同年に開催された日本万国博覧会ネパール館への寄付扱いとすることで
課税免除にするという案を引き出した。

最終的に、54歳で南アメリカ大陸最高峰アコンカグアからの滑降を
成功させたことにより、世界七大陸最高峰全峰からの滑降を成功させた。

しかしその後目標を失い、不摂生な生活を送った挙句、
身長164 cmに対し体重85 kg超、血圧は200近くまで上がり、
不整脈まで出る不健康な状態となってしまう。

しかし、99歳にしてなおモンブラン氷河の滑降という挑戦を続ける実父や、
オリンピックに出場した次男の豪太らを見て改心、

65歳の時に、5年後の70歳でエベレスト登頂を果たすという目標を立て、
外出時には常に両足に重りを付け20 kg近いリュックを常に背負うという
トレーニングを再開、
当初は藻岩山登山ですら息切れするという体たらくだった体力を回復させ、
2003年5月22日、世界最高峰のエベレストに世界最高齢
(ギネスブックに掲載)となる70歳7か月での登頂を果たす。

同時に二男・豪太との日本人初の親子同時登頂も遂げた。

1971年スポーツ英雄大賞(スペイン)、
1975年に米アカデミー賞(長編記録映画部門)=
「THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST」。

1992年4月からクラーク記念国際高等学校(北海道深川市納内)校長。
2006年6月からNPOグローバル・スポーツ・アライアンス理事長を務める。

1995年4月、友人である平成維新の会代表・大前研一が月刊誌『文藝春秋』
(3月号)上で発表した新・薩長連合結成宣言の知事連盟構想に呼応して、
新人対決の1995年北海道知事選挙に出馬したが
新進党推薦の前副知事堀達也と自民党推薦伊東秀子の争いに埋没し
得票率7パーセント弱で供託金没収の大惨敗
(大前は1995年東京都知事選挙に立候補)。

同年7月の第17回参議院議員通常選挙には、同じく平成維新の会公認候補
(比例代表制名簿2位)として出馬している(いずれも落選)。

2005年6月、全国森林レクリエーション協会会長に就任。
2006年9月、日本経済新聞に「私の履歴書」を連載する。
2008年5月26日、75歳(世界歴代2位)でエベレストに再登頂した。

その前日に76歳で登頂を果たしたとされるネパール人男性
ミン・バハドゥール・シェルチャンの記録については、
年齢を実証する書類、また登頂成功を証明する書類が
存在しないことから認定されず、
ギネスブックには三浦が最高齢登頂者として認定された。

これに対してシェルチャン側が書類を揃え、再度、申請を行い、
2009年11月23日にシェルチャンに認定証が授与された。

2009年2月、札幌市内のスキー場でコース内に作成されたバンクから飛び出し
骨盤を骨折。手術後リハビリに励み回復した。

2010年、オーストリア・アルベルト・シュバイツァー協会より
アルベルト・シュバイツァー章受章

2012年10月、2013年春に80歳で3度目のエベレストに
再登頂することを会見で発表した。

2013年5月23日、3度目のエベレスト登頂に成功した。
エベレスト登頂の歴史で最高齢登頂者となる。
下山中に体調を崩し、標高6500mのキャンプ2から標高5300mの
ベースキャンプまではヘリコプターを使って下山した。

この登頂成功が三浦アワード創設のきっかけとなった。
三浦の成功を知ったシェルチャンは、
81歳で登頂を試みるが途中で胸痛が出現し、5月28日断念して下山した。

以上、スゴイチャレンジャーな人生ですね。(^_-)-☆
チャレンジングな生き様を尊敬します。

チームNO.1入口から、エントリーお願いします。

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日時:6月25日(水)・7月18日(金)15:00~17:00
場所:JR東京駅八重洲北口徒歩2分
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問合せ先:大阪本部オフィス TEL:06-6372-1313 担当:阿部
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■編集後記

最後まで読んで下さいまして、ありがとうございました。

三浦雄一郎ギネス記録の原点は、
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エベレストを登るパワーが生まれたのですから、
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