いつもおふざけばかりの私も、今宵、この聖なる夜ばかりは姿勢を正し、
真面目に、心を籠めてしたためて見たいと思います。
題して、『あぁ、、、人とはいかに小さきものなのか!』
セーヌからの冷たい風が、コートの裾から忍び込み、私の体温を奪って、
そっと襟元から逃げていく。
今年のシテ島がいつもの年よりいっそう寒く感じるのは、私だけだろうか?
今朝、シャルル・ド・ゴール空港に着いてからずっと感じていたが、
欧州経済危機は、日本で報道されているよりもずっと厳しいのであろう。
迎えに来たチュニジア人ドライバー、ファウージも
いつもの陽気さは影を潜め、どこか空疎な笑みを浮かべていた。
来年4人目の子供が出来るそうだ。仕事は半分になってしまったとのこと。
大丈夫だろうか。
来年も必ず迎えに来いよ!と予約しておいたが、
これが彼の顔を見る最後の機会になるかもしれない。
少し、ティップを弾まねばなるまい。
とは言え、今年もノートルダム大聖堂はたいへんな賑わいである。
寧ろこんな年であるからこそ、人は神に祈りをささげるのかもしれない。
そう、今まで誰にも言ってこなかったが、
洗礼名 『 ペトロ・フリエ 』こと私、神崎和也は、
こう見えて敬虔なカソリック信者であり、
毎年クリスマスの夜はノートルダム大聖堂のクリスマスミサに来る事を
人生最大の喜びとしている。
もうすぐ日付が変わろうとしている。
現在の気温は2℃。
吐く息さえ凍てつく夜だが、
大聖堂の前は多くの人々で埋め尽くされている。
こんなにも沢山の人が集まっているのに、
不思議な静けさが周りを包み込んでおり、厳粛な雰囲気が満ち満ちている。
大聖堂の外には巨大なスクリーンが設置され、内部が映し出されている。
『荘厳』 、滅多に使わない言葉が頭を過る。
人々は長い、長い列を作り、静静と進んで行く。
幸い、0時前には中に入る事が出来た。
年に一度の巡礼とも言えるこの瞬間に、
そう、大聖堂に一歩踏み込んだ『瞬間』に、
時が止まる、心が震える、主が私を包み込む。言葉は要らない。
人種なんて関係ない。ただただ、絶句。
この聖堂内、いやシテ島の中にいる全ての人々の心が一つになっている。
正に、諸人こぞりて、、、、、 この瞬間の為にこそ、私は生きている。
常宿としているオテル・ド・クリヨンまでの道すがら、
ふと空を見上げると、満天の星空である。
まるでプラネタリウムを見ているようだ。
首が痛くなるまで夜空に見とれているなんて、何年振りだろう。
吸い込まれそうだ。グルグルと回っていく。
星っていくつくらいあるんだろう。
星座って何だろう、何処をどう見れば、こぐまやおとめ、
さそりに見えるんだろう、
ギリシャ人って昔も今もふかしやがるな。
かみのけ座ってなんですのん。
けんびきょう座はおかしいやろ、
どうせやったら望遠鏡座にしたらいいのに、、、、、
とか考えていると自分が本当に小さく感じで来る。
ここから見える星全てが恒星である。
すなわち太陽と同じく自らが光を発する星である。
正確には、月や、金星、火星等の太陽系の惑星は除かねばならないが、
それは本論とは関係ないので割愛する。
どれだけ人間が小さいのか(宇宙が大きいのか)を分かりやすく、
身近な単位に換算してみた。
え~って! 驚くのは私だけでしょうか?
先ず、太陽を直径10センチメートルのボールと仮定しよう。
オリンピック等で使われているソフトボール3号球
(直径9.1センチメートル)とほぼ同じくらいである。
地球の直径は太陽の約108分の1であるから、
約1ミリメートル弱、ゴマ粒の太いところを丸くしたくらいだ。
地球は楕円軌道を描いて公転しているので太陽と地球の距離は一定しないが、
平均すれば1億5千万キロメートル、縮尺修正すれば、約10メートル。
つまり、地球はソフトボールから10メートルも離れたところを
周回するゴマ粒なのです。
そのボールから400メートル離れたあたりにあるのが、
2006年国際天文学連合により、
第9惑星から準惑星に格下げされた『冥王星』であり、
そこまでが太陽系だと考えられる。
私の年代(50代)の人は【水、金、地、火、木、土、天、海、冥】と
憶えていたアレである。
これが、太陽系の全てです。
良く考えてみて下さい。直径10センチメートルのソフトボールを中心とした
半径400メートルの空間に、ゴマ粒がたった9個浮かんでいるだけですよ。
半径400メートルの球体の体積は、4πrの3乗÷3で求められますから、
(計算省略) 2億6,794万立方メートルです。
ベタな数え方ですが、
東京ドームの容積が124万立方メートルと定義されていますから、
それからすると、東京ドーム 216杯分の空間に、ソフトボール1個と
ゴマ9粒、それ以外は何もない状態ですよ。スカスカのスカです。
そこから最も近い恒星はというとケンタウルス座プロキシマです。
『健太郎君の風呂敷』と憶えて下さい。
そこまでが約 2,500キロメートル。
東京から見れば、台湾を越えたあたりです。
その間何も無い。どんだけ広いねん、宇宙。
そしてそのゴマ粒の表面に、鳥類9,000種、魚類23,000種、
哺乳類5,000種、両生類2,000種、爬虫類 5,000種、
その他節足動物 80万種、軟体動物11万種等々、
軽く100万種を超える生物が蠢いています。
100万種のうちのたった一種の人類だけで、70億人もいるんですから、
想像を絶する数量です。
億や兆では足りません。『那由他』とか
『無量大数』とかいう単位が必要になってくるかも知れない世界です。
人間だけで考えても、ゴマ粒の上に70億個ですよ。
実際は、海が7割を占めていますから、残りの陸地3割に70億.人。
計算するのも面倒ですが、細菌より小さく、
多分ウィルス程度の大きさになると思います。
もう一度整理します。
東京から台湾を越えたあたりを半径とした3次元空間(球体)の中に
ソフトボール1個とゴマ粒9個しかなく、
そのゴマ一粒に、100万種類を超える生物が存在し、
その最大勢力である人類の個体数は約70億である。
そして、私たちは、各々その70億分の1に過ぎないのです。
あぁ、人間って何て小さな存在なんでしょう。
なにを思い悩む事があるのでしょう。
借入金って何? 手形?、 利息?、 リスケ?、
遅れている愛人へのお手当等々、
そんな小さな事は忘れてしまいましょう。
株式会社喜望大地に相談したら何とかなります。
地球の誕生は46億年前と言われています。
そのうちのせいぜい頑張っても100年を生きるのが精一杯の私達です。
その中の、ほんの一瞬です。
星の瞬きよりも短いとも言える私たちの一生です。
せいぜい楽しみましょう。
多分、来年はいい事がある筈です。今年よりはいい年になります。
サンタさんが言ってました。私も保証します。
絶対です。そう思わなけりゃやってられません。
結局、一睡もせずに 『レ・ザンバサドゥール』の、いつも席に陣取り、
大きめのボールに入ったキャフェオレに少し小さめの
パン・オ・レザンを浸して食べていると、
窓の向こうのコンコルド広場の石畳が、
キラキラと朝の光を投げかけてきた。
日本に帰る時間が近づいてきたようだ。
あと1時間46分だけ、この眩しさの中を彷徨ってみよう。
シトロエンSMからノロノロとおりてくるファウージの笑顔が見えるまで、、、