洲山コンサルタントコラム

富めるときも、貧しきときも、これを愛しーーー!

私事で恐縮ですが、
我が家の慶事に際して感じたことをお伝えしたいと思います。

嬉しいことに、長女が、神戸にて結婚式を挙行しました。

当日は、天気に恵まれ、佳きお日柄のもと
チャペル式の結婚式を迎えました。

二女の結婚式以来2年ぶりに、モーニングコートを着用して式に臨みました。

長女は、純白のウエディングドレス身を包み、光り輝いていました(美!)
馬子にも衣装で、親馬鹿ながら、ビックリする位美しい花嫁姿でした。

娘とバージンロードを歩き、花婿にバトンタッチして、
結婚式がスタートしました。

そして、牧師様の誓約セレモニーに、万感の思いが迫るものがありました。

「その健やかなるときも、病めるときも、
 喜びのときも、悲しみのときも、
 富めるときも、貧しいときも、
 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

思い起こせば、三人娘が高校・大学卒業までは、
我が家はやや富めるときでした。
神戸の大学に通う長女・二女と大阪の高校に通学する三女の三人が
神戸・板宿のアパートに同居して、仲良く暮らした時代もありました。

年商40億円のオーナー社長の娘としての人生を歩んでいました。

それが、2003年(平成15年)の負債30億円を抱えて、
破たんのピンチを迎えて大きく変わりました。

まさしく、「貧しいときも、」 を地で歩む人生になりました。

社員には、雇用保険・給与の立替払い制度等の
セーフティーネットがありますが、
社長には、一切ありません。

個人私財は、すべて会社運営につぎ込んでおり、途方に暮れたものです。

悪い事は重なるもので、環境の変化とストレスが原因で、
糟糠の妻が、脳梗塞で倒れました(悲!)

注:糟糠(そうこう)の妻の出典は
  『後漢書』宋弘伝
  「貧賤の知は忘るべからず、糟糠の妻は堂より下ろさず」から。
  意味は「貧しかった時の友達は忘れてはならないし、
  酒かすやヌカを食べて苦労を共にした妻は
  座敷から下げぬようにして大切に扱うべき」

しばらくは、病院で寝たきりで動けず、
話もしにくそうで、大変心配しました。

しかしながら、懸命のリハビリで機能を回復して、歩けるようになりました。
少し左足が不自由ながらも、日常生活は支障なく過ごせるまで回復し、
努力して、運転免許も再取得出来たので、
活動範囲も広がり、ほっとしました。

そんな中で、三女が佳き伴侶に恵まれて、2005年5月結婚式を挙げて、

次に、二女が佳き伴侶に恵まれて、2006年3月結婚式を挙げました。

その上、子宝に恵まれて、三女に長男が誕生し、次女に長女が誕生しました。

私は、大正13年7月1日に祖父が創業した3代目として、年商1億円の家業から
28年かけて年商41億円業界2位まで躍進したものの、
破たんの危機を迎え挫折しました。

そんなふがいない父親に対して、4代目となる長女が、
妻と一緒に小さなお店を名前も「リトルバード」と名付けて、
再興しています。

苦労をかけている長女の晴れ姿に感極まるものがありました。

出っぱなしの父親の佳き配偶者として、
また佳き母親としての教育が良かったのか?

娘たちは、父親の事業の失敗を誰一人責めずに、自立して人生を歩み、

また、30億の負債を抱えた貧しい父親の経済状態を知った上で、
「結婚しようと」 言ってくれた佳き配偶者に恵まれました。

父親の経済状態を知っている娘たちは、
3人とも挙式費用は自分達で用意しました。

55年間生きて、成功 ⇒ 挫折 ⇒ 復活 の人生を歩み思うこと

幸せとは、
「人のお役に立てる天職に就き、健康で家族・友人と佳き思い出を作る人生」
としみじみと思う日でした。

そんな人生に、「マイホーム」 は、重要な役割を果たします。

たまに郷里のマイホームに帰ると、
可愛い孫の顔を見るのが、最大の楽しみであることを実感します。

 

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